midori mitamura HP

過去のブログはこちら

2013年8月30日金曜日

ウィーンの記憶

みなさん

昨日は、たくさんのバースデー・メッセージと、「いいね」をありがとうございました。

最近、歳のせいでしょうか、自分が歩んで来た道のりを振り返り、懐かしむことも多くなりました。(年下の友人たちには、遅い!と言われます。)

旅の出来事は、自分の記憶の中だけにとどめておいたほうが美しいといつも思っていましたが、同時に、その大切な記憶をあまりにも多く失くしてしまって、振り返りたくても振り返れいなことにショックを受けることがしばしばです。。。

残りの人生、あとどれくらい旅ができて、友人達に再び会えるのだろうか。
と、近頃は旅に出る度に、すでに老人のような黄昏のメンタリティでいます。

で、今回は自分が足を運んで目にしたことを、少しずつながら、できるだけ書き留めておこうと思い、つたない旅日記のようなものをFacebookに綴ることにしました。

それともうひとつ、今回のウィーンの滞在には特別な思いがあります。

4年前の夏、大切な幼なじみの女友達が、ある日突然、他界してしまいました。
くも膜下出血でした。

彼女は子どもの頃から勉強熱心で、関心をもったことは、その背景までリサーチする聡明な少女でした。

オリンピックを見てコマネチを好きになると、前転や側転の練習をしながらルーマニアの研究もするといった文武両道の女子でした。

中学では吹奏楽部で、彼女はクラリネット、わたしはフルートでしたが、彼女の音楽の知識たるや、女子中学生ながら圧倒されるものがありました。

子供の頃からピアノが得意で、音楽分析学を学び、ピアノの講師も務めて、彼女の生涯は音楽とともにありました。

大人になって、会う機会はすっかり無くなっていましたが、私が愛知で展覧会をしたとき、美術関係の機関で仕事をしていた彼女が、私の展示に偶然関わる事になり、再会をしました。
彼女は独身で、その清らかさは聡明な少女の頃のままでした。

会わなかった年月の間に、彼女はマーラーの研究を通してウィーンに魅せられ、1年程の滞在の間にドイツ語も学び、ウィーンの歴史、芸術、音楽、文化、デザイン、あらゆるものを隈無く愛していました。

なので、私がウィーン分離派館で展示をしたことを誰よりも喜んでくれました。
(同時に、私があまりにも、ウィーンにも分離派館にも知識がないことにも驚いていた。。。)

地元に帰っても、うちの家族はアートに関心がないので、私はいつまでたってもウダツのあがらない芸術家志望のフリーターですが(まあ、事実です)
おかげで、彼女だけが私を芸術家として扱ってくれました。

亡くなる2年前に、彼女は、ウィーンから持ちかえったアンティークのピアノやウィーン工房の家具を備えた、こだわりのウィーン・カフェをオープンしました。
そこでは、自らや各方面の音楽家を招いての演奏会をたびたび開催していました。

地元の町でアートフェスティバルが行なわれると、わたしの映像作品を上映してくれて、バッハのピアノメソッド、「インベンション」の音楽を使った映像に、彼女の生のピアノ演奏を合わせてくれました。
父の若い頃の写真をもとに制作したこの作品を、生前の父に見せられたことは、今でも唯一の親孝行だったと思っています。

彼女はいつも、自分が得た知識や見聞を人に伝えることに真摯に取り組んでいて、ブログでも、彼女が触れたあらゆる芸術や文化のリサーチが、丁寧にわかりやすく解説されていました。
彼女のブログのような親切丁寧な資料を遺すのは、わたしには到底無理で、せいぜい、失敗談でごまかすくらいしかできません。

しかしながら、彼女が愛したウィーンの街を、私ももっと好きになりたい、理解したい、という思いでこの2ヶ月間を過ごしました。
おかげで、愚痴のオンパレードだった前回のウィーンでのトラウマからはようやく解放され、今ではウィーンが大好きになりました。

ちなみに、先般お伝えしたバッキーノの映像作品「夜明けまえ」で奏でられる、エリック・サティの「オジーブ」というピアノの音楽は彼女の演奏です。

バッキーノの夜明けのイメージを口頭で伝えて、彼女に選曲と演奏を依頼していたところ、しばらくして、
「こんなイメージでどうかしら」
と、自身の演奏を録音したデモの音源を送ってくれました。
編集前の映像も彼女に見せていないのに、それはバッキーノの夜明けに似つかわしい音楽でした。

それなのに、怠慢にも、私がその後しばらくほったらかしにしておいた間に、完成した映像を見る事なく、彼女は突然逝ってしまいました。
というより彼女が逝ってしまったので、ようやくこの作品を完成させたと言った方がよいでしょう。

彼女が余りにも早く、あっけなく旅立ってしまったのは、きっと彼女の魂がウィーンで生まれ変わりたかったのではないかと、葬儀でその美しい亡骸を見て思いました。
今ごろ、このウィーンの街のどこかに彼女がいるような気がしています。

あっというまに2ヶ月が経ちました。

イタリアから戻ると、あんなに暑かったウィーンは秋に様変わりしていて、ビーサンだった人々はコートを着ていてびっくりです。

もう短パンの出番は無いようです。(ちょっとさびしい)

月曜日に次の展示の開催地、ドイツのデュッセルドルフに移ります。



2013年8月26日月曜日

ベニス・ビエンナーレ


さて、せっかくですから、ベニス・ビエンナーレ
http://www.labiennale.org/it/Home.html
についても少しだけ触れておこうと思います。

私がベニス・ビエンナーレを訪れるのは今回で4回目ですが、ここしばらく欧州に渡航するときとタイミングが合わず、前回訪れたのは10年も前なので比較して評することはできませんし、仕事としてレポートする方々の迷惑にならないよう、ざっくりとおおざっぱな感想だけ。

今回、多くのパビリオンに通底しているテーマとして、自然と人間が文明と共生してきたプロセスと歴史、貨幣経済への不安、それらへの問いかけ、といったような傾向が見受けられました。

オンラインのエコノミスト誌に、ベニス・ビエンナーレについてこんな見出しがありました。

The main theme at the Venice Biennale is:
how did the world get into such a mess?

意訳すると、

「どうして世の中はこんなめちゃくちゃになっちゃったの?」

でしょうか。

特に欧州のパビリオンでは、自然やプリミティブな素材を多用した作品が目立ち、セントラルパビリオンやアルセナーレには20世紀初頭生まれのアーティストの大量のドローイングやペインティングがずらりと並んでいたのが印象的です。

昨今の現代アートが得意としてきた、独特の皮肉った笑いやユーモアで導こうとするような作品は、ほとんど見られませんでした。
若いアーティストは、リサーチに基づいた教育番組のような渋い映像作品を好んで制作しています。

そういう意味では、単純に「楽しめる」という作品は多くはありませんでしたが、欧州以外のパビリオンの方が、プレゼンテーションに大胆さというか、迫力というか、西洋とは違う方向を見ているような勢いがありました。

画像はベルギー・パビリオンとセントラルパビリオンの Fischli and Weissです。
『One Who Left to Learn Fear 』


個人的には Fischli and Weissの粘度の彫刻が大好きです。
昨年、Weissの方が亡くなってしまったんですね。
藤子不二雄が一人になっちゃったみたいで淋しいです。













ザルツブルクのイタリア

イタリアとザルツブルクを経て戻って来ました〜。

といっても東京じゃなくてウィーンにですが、なんだかすでに東京に帰ってきたようなリラックスモードです。

ザルツブルクでは、こちらでも7年ぶりの友人との再会です。

13年前、初めてオーストリアの地を訪れたのがザルツブルクでした。
そこで私を迎えてくれたのは、ユダヤ系イタリア人の芸術的な女性でした。
翌年、彼女の参画していたノンプロフィットギャラリーで、個展をするためです。
小規模ながら、欧州で全く単独のソロエキシビションとしては、それが初めてでした。
(それまでは個展であっても、なんらかの「日本の現代アート」展の一部でした。)

いよいよ個展の為の出国当日に風邪をひいてしまい、39度の高熱の中、たどりついた雪のザルツブルクの彼女の家では、イタリア人の音楽家が集っての飲み会真っ最中で、朦朧(もうろう)とした状態でワインを薦められ、オーストリアじゃなくてイタリアに着いたのかと疑った程です。

女性はミラノ出身で、40歳のときにオーストリア人の夫を亡くしました。
二人の成人した娘達は今はウィーンに住み、彼女は、美術品や本や選び抜かれたインテリアが並ぶ、アートミュージアム&ライブラリーさながらの大邸宅に独りで住んでいます。
以来、こうしてウィーンに来ると、何年かに1度、ザルツブルクに彼女を訪れるのですが、彼女といるとイタリアに行くよりイタリアにいる気分になれます。
チャキチャキの江戸っ子じゃないけど、チャキチャキのミラノッ子って感じです。

翌晩は、彼女の友人も招き、巻き寿司を水からこだわってこさえました。
軟水で炊飯、大正解です。
(ウィーンでビーガンにふるまった和食のリベンジです。)
ちなみに、スーパーで水を買う場合、ペットボトルの成分表を見て、マグネシウム+カルシウムの値が60mg/L を超えないものが軟水です。
海苔の鮮度を味わってもらいたいこともあり、その場で巻くそばから食べてもらいました。(寿司屋だよ!)

彼女と会うと、毎回、久しぶりのような気がしません。
挨拶はおいといて、まるで昨日の話しの続きのように恋愛の話しから入るからというのもあるけれど、日本にいる私の親友に、どこか似ている女性だからかもしれません。
7年ぶりに到着したその日、彼女は昨夜、23歳年下の恋人と別れた直後でした。
なんか、7年前に会った時も、確かそんなような日だった記憶があります。
私は彼女の失恋の度に、神様から派遣される要員なのかもしれません。

画像は、彼女のエスプレッソマシーンと、私の為に生から茹でてくれたアーティチョークと、ザルツブルクにそびえ立つMarina Abramovicの椅子です。

アーティチョークは私が野菜の中で2番目に好きな野菜です。
アーティチョークをビネガーとクリームのソースでいただくプロセスは、まるでカニをいただくのと同じわくわく感です。
 



 

2013年8月22日木曜日

再会

2011年と今年発表した、私の作品「夜明けまえ」の舞台、イタリアのプラート。
7年前、噴水彫刻バッキーノの撮影のために2週間を過ごしました。

そして、またこうしてバッキーノに再会することができました。

7年前の滞在中、誰も知り合いのいないこの地で、一人の政治家の男性と一組の若いカップルに出会い、毎晩一緒に飲んで過ごしました。

7年の間に、カップルには2人の可愛い娘が産まれました
男性は政治家をやめて、銀行家として拠点を中国とアジアに移しました。
当時は確かバツ3かバツ4の離婚歴でしたが、中国で知り合った25歳以上も年下の中国女性と、昨年6回目の結婚をしていました。

何も変わらないのはバッキーノと私だけです。

「君と結婚したかったのに、アートで忙しそうだったから。」
だそうで、さすが結婚を6回もできる人は言うことが違います。

7年前は、バッキーノの広場に毎朝立って、様々な言語で人々に挨拶をしまくり、ジョークを話しかけては小銭を稼いでいた物乞いのナルチゾがいました。
物乞いなのになぜか働き者で、毎朝、アシスタントをつとめてくれました。
しかし、ナルチゾはもう広場にはいませんでした。

二匹の犬を連れたもう一人の物乞いガエタノは、今もバッキーノの横にいましたが、犬は友人にあげて、今も元気とのこと。

「犬にとっては生活環境がよくなってうれしい。」
「英語は上手く話せなくてごめんなさい。」
と言う、驚きの謙虚さ。

広場で英語を話せるのが、なぜか物乞いのこの2人でした

そして、昨日からベニスにいます。
ビエンナーレの会場でiPhone
の充電しながら書いてます。 

会場もカフェも混み混みですが、セントラルパビリオン内のエントランス横のこのwi-fiスペースにはなぜか誰もいません。
おまけに空調がきいてて涼しいです。


2013年8月16日金曜日

宮殿とネコと現代アートと

日本の終戦記念日の今日8月15日は、欧州の国々の祭日、聖母被昇天祭(Mariä Himmelfahrt)です。
オーストリアもお休みです。

昨日は、友人の留守宅に通い、
猫の世話→観光→猫の世話→観光
という一日でした。
今日も朝から猫の様子を見に行き、帰ってきて仕事をしています。
こんなことができるのは、ウィーンの市街がとてもコンパクトどこへ行くにも近いからです。

しかし、思い返せばもう何度目のウィーンでしょう。
ウィーンと言えば宮殿。
とうとう今回、その「宮殿」というものに初めて足を踏み入れました。







画像はクリムトの「接吻」がある、Bervedere宮殿です。

http://www.belvedere.at/de

どーです。
ウィーンに本当にいることがおわかりいただけましたね。

しかし、先週あたり宮殿に観光に行くつもり、と言うと、

「このくそ暑いのに、マジ??」

と言われ、(実際暑くて出かけられなかった。)

暑さの峠を越えたら、

「涼しくなったから宮殿はめっちゃ混んでるよ〜?」

と脅され、

「でも、ウィーンで今まで宮殿に行ったことがないから」

と言うと、

「ええ〜?一度も行ったことないの?」

と驚かれました。
なんなんでしょうか。

で、とうとう足を踏み入れたベルヴェデーレ宮殿。
ハプスブルク家の夏の離宮です。(どんだけ贅沢な)
詳しくはwikiなどでどうぞ。

で、まずはチケット売り場に。

宮殿の上宮、下宮、それれぞれが美術館なっており、2会場のセット券があるのですが、その他に、近くにある21er Hausというアートスペースとの3会場セット券があるじゃないですか。
21er Hausとは、その名の通り、21世紀=現代のアートの展示スペースです。
単独なら7ユーロのところ、ベルヴェデーレとの3セットなら8ユーロもお得です。

しかし、宮殿の入り口ででチケットを購入するとき、インフォのおばさんにもキャッシャーのおじさんにも、

「21er Hausは、すっごい現代のやつですよ?21世紀のやつですよ?大丈夫ですか?」

と、そろってけげんな顔で心配されてしまいました。

アートが普及していると言っても、現代アートに対する大方の反応は、まあウィーンでもこんなもんです。

で、チケットを購入して、まずは21er Hausから。
宮殿とは反対方向に歩くこと5分。
なんだかようやく念願の宮殿にたどり着いたのに、門を出て、またしてもどんどん宮殿から遠ざけられてしまいます。
建設中の駅の近くのガラーンとしたエリアに、21er Hausはありました。

しかしそこでは、
オーストリア発の人気アーティストグループ、
Gelatinの新作展と、

http://www.21erhaus.at/en/ausstellungen/aktuelle-ausstellungen/gelatin---hole-e75954








 




オーストリアのアーティスト中心のコレクション展を観ることができました。

http://www.21erhaus.at/en/ausstellungen/aktuelle-ausstellungen/the-collection-%233-e106985

とてもいい展示でした。

しかし、あまりゆっくり観ている余裕はありません。
うかうかしていたら、猫のエサの時間になってしまいます。
ベルヴェデーレに引き返し、こんどこそようやくクリムトのコレクションを観ることができてほっとしました。

しかし結局、半日では下宮までたどり着けず、チケットは2週間有効なので出直す事にしました。

来週はイタリアです。
ウィーンの滞在もあっというまに残りわずかになってしまいました。

世界遺産のシェーンブルン宮殿も、今度こそ観られますように。


2013年8月15日木曜日

バナナの皮とハーブソルト

昨日は、先日お伝えしたバナナの皮のインスタレーションをコレクターの方のところへセットアップに行きました。

購入してくれたのは、自家製のハーブソルト&シュガー、ジャムなどを製造販売している女性オーナーで、彼女のショップのウィンドウに展示されることになりました。

http://www.henzls.at/

以前にも展示スペース隣のセラミックショップを紹介しましたが、こちらもウィーン特有のオリジナルショップです。
ハーブソルトだけでも数十種類あります。
海の塩は化学物質が入り込みやすいので、すべて岩塩でつくってるそうです。

オーナーのおばさん一人でつくってるせいか、今のところ、ウィーンのこの店でしか購入できません。
ネット販売もしないそうです。
セットアップしている間も、夏休みだからかお客は半日で数人しかこないですが、大丈夫でしょうか。
作品を買う代わりに本を売ったそうです。(重い。。。)

塩が大好きなわたし。
(焼き鳥は迷わず塩。)
愛しい友人たちへのお土産に、10種類のハーブソルトをほんの少しずつ買ってみましたが、独り占めしたくなってきました。


和食の日

昨日はVeganの友人に日本食をふるまうというハードルに挑みました。
お好み焼きも、焼き鳥も、茶碗蒸しも、出し巻き卵もNGです。

純粋な日本食の味付けって、おおざっぱに言うと、しょうゆ、塩、みそ (ラーメンか!?)
くらいしか思いつかないので、やっぱ素材が勝負なんですね、和食って。

でも欧州の野菜って、デカイし、固いし、大味だし、同じように味付けしても、どうにも日本で作るような味にならない。。。
あらためて日本の野菜って、柔らかくて繊細で、ありがたみがわかります。

友人の話しによると、とある、ドイツの日本食加工品メーカーの商品が、原発事故後、店頭から消えてしまったそうです。
しかし、そのメーカーの商品は日本の食材ではなく、加工もドイツで行なっていたにも関わらず、です。
これこそほんとの風評被害。

悲しいお話です。

ちなみに、昨日の料理、写真を撮り忘れて画像は無しです。
いまいちな味を盛りつけでごまかしたので、見た目はばっちりだったのに。。。

2013年8月9日金曜日

"MORE THAN NAKED"

昨夜は、現在ウィーンで行なわれている、国際ダンスフェスティバル
"IMPULSTANZ"
を観に行ました。

http://www.impulstanz.com/

夏の間、1ヶ月間行なわれているこのフェスティバルは、回数を重ねるごとに規模が大きくなり、今では欧州で最も大きなダンス&パフォーマンスフェスティバルの一つなのだそうです。

そんで昨夜観に行ったのは、この 
"MORE THAN NAKED"
です。
深夜の23時開演にも関わらず、ほぼ満席です。

http://www.impulstanz.com/en/performances/2013/id595/

タイトルの通り、20人もの全裸の男女が、1時間余り舞台の上で、ロックミュージックに合わせながら、ダンスというより不可思議な運動のようなパフォーマンスを繰り広げます。
もともとワークショップから発展した演目なのだそうで、踊っているのは鍛え上げられたボディのダンサーではなく、ほとんどが、かなりリアリティのある肉体を持った人々。(年齢は20歳から36歳)
それが20人も舞台の上で、すっぽんぽんで絡み合っているだけで圧巻ですが、それなのに不思議とセクシャルな印象を感じさせません。
見ているうちに、彼らの肉体に親しみを感じ始めます。

ステージのあと、日本人の関係者の一人が「日本でも公演ができたら」、と言ってました。
最近の日本のナーバスな状況からすると、なかなか難しいかなぁ、と思ってしまいます。
20年前なら可能だったかもね。