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2013年9月13日金曜日

ティナ




デュッセルドルフに戻りました。
ケルンでは、写真界のビッグ・ママ、Tina Schelhornの自宅に滞在しました。
ハートもボディもビッグな女性です。

ティナは写真ディレクターとして、内外の写真展やフェスティバルをキュレーションしてきた一方で、写真家のWolfgang Zurbornとともに、1986年、ドイツで2番目に古い写真専門のノンプロフィットギャラリー Lichtblickをケルンにオープンしました。

1999年、ケルンの複数のアートギャラリーや公共スペースを会場にして開催された日本の現代アートイベント「Tokyo Shock」で、私はこのGalerie Lichtblickで写真インスタレーションの個展を行いました。

「Tokyo Shock」については、残念ながらググってもウェブ上に当時の資料はころがってませんが、今思えば、当時の日本のエマージングアーティストを海外の地で紹介する貴重なイベントでした。
情報収集の場が限られていた当時は、紹介されるアーティストも限られていたのです。

どこの国に行っても、ティナの名前は写真家にとっての共通言語です。
知らない土地へ出向いても、ティナが現地の写真家に知らせてくれます。
ティナを知っているというだけで、初めて会う写真家との会話がいきなりフレンドリーになるのです。

まるで世界中の写真家のデータバンクのようなティナの最近の悩みは、彼女に自己紹介する写真家から、プリントでなく、しばしば画像データを納めたUSBスティックを渡されることです。
今日もテーブルの上に、写真家から手渡された名前も書かれていないUSBがころがっていて、扱いに困っていました。

「プリントされてないと覚えてらんないのよ」
と言いながら、原型をとどめないくらいにスクラップでふくれあがったノートを取り出して見せてくれました。
ティナはこの20年以上に渡って、知りあった写真家の名刺や手渡された写真資料をノートにスクラップしてメモを書き込み、ファイリングしているのです。
自分の好みかどうか、興味があるかどうかに関係なく、す べ て です。

本棚に何冊も並んだそれらの貴重なファイルは、まさに彼女の人生そのものです。

そのページを見て、近頃はすっかり感受性がすさみきった私も、これには久しぶりに感動せずにはいられませんでした。

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